2023.04.03 445 views
見上げてごらん、文化だよ
パツリと暗くなった部屋で、家人がつぶやいた。「ムギが切れたなぁ」。ん?ムギってナニ?その不思議を尋ねてみると、家人の影がゆっくりと天井を指さす。そして、「オレンジ色の小さい電球のことやけど…」と声がした。マジか、マジなのか。私は生まれてこのかた、アレを「ムギ」と呼んだことはない。私の中でアレは、「豆球」もしくは「豆電球」だ。
興味本位で調べていくと、アレの呼び方は実にさまざまであることに驚く。わが家でいうムギ球、豆球、豆電球のほかに、赤ちゃん電球、ベビー球、ナツメ球、グロー球、常夜灯、就寝灯、保安灯、小日向、二燭光(にしょっこう)、二色光、ミニ球、小丸電球、寸丸球、こだま、豆ランプ、ナイトライト、オレンジランプ、ちっちゃい電球…。これはもう『今川焼きか大判焼きか回転焼きか論争』を遥かに超越している。某局の『探偵!◯◯◯スクープ』に調査してもらう価値があるのではなかろうか。
あらためてアレの呼び方を眺めていく。製造元によってもともとの商品名が違ったこと、時代とともに電球の形状が変わったこと、生活様式の変化で使い所が増えたことなどで派生していった節がうかがえる。さらには伝言ゲームのように途中でちょっと聞き間違えたり、誰かのオリジナルな味付けが加わったりの痕跡も。新たな発見に、思考のニマニマが止まらない。そしてこのひとつひとつの呼び方が、誰かの発想力と表現力のカタマリだという感動。時を超えた創造の競演が私の目の前に広がっているのかと思うと、どんな呼び方も実に愛おしい。
部屋を真っ暗にして、アレを点けてみる。見上げたそのオレンジの灯りに、脈々と創造の文化が宿っている。なんと尊い薄明かりよ。先人たちの胸を借りて、私ならアレをなんと名付けよう。「文化玉」。うん、イマイチだな。
WRITTEN BY kAwAucHi
タバコは3歳でやめました。文章を書いたり、企画を考えたり、進行管理をしたり。職種がふらついています。