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呪いの大喜利
「私たち、夫婦喧嘩をしたことがないんです」。
そんな話を聞くたびに、「ウソだろ?」と思ってしまいます。わが家では小競り合いなんかはしょっちゅうで。言った・言わない、置いた・置かない、開けた・閉めた、点けた・消した、暑い・寒い、喋れ・黙れ…、そんな些細なことに端を発し、お互いのバイオリズム次第では『仁義なき戦い』『必殺仕事人』『キル・ビル』あたりのテーマソングが脳内ループされるのも日常です。先日も家人の通院に関する段取りを私が提案したところ全否定されて、その言い方が気に障り過ぎたことで法螺貝が鳴りました。舌戦の準備はできていたのですが、病院の時間が迫っていたこともあって線香花火ぐらいのパチパチでおさめて。そのかわりに、電動自転車に乗った家人を見送りなら、そっと呪いをかけました。
「電動自転車よ、あの坂道で充電ゼロになれ!」
呪い、よくかけます。これは夫婦喧嘩の締めに納得できなかったときの私の秘策です。これまでも家人に「パソコンの表示言語がすべてモールス信号になる呪い」「スニーカーの右足だけサイズがちょっと小さくなる呪い」「横断歩道を渡るごとにナンバ歩きになる呪い」「コーヒーをオーダーするときに語末が “ござる”になる呪い」「スマホに着信があるたびに “お風呂が沸きました”と音声通知される呪い」などをかけてきました。ひどい話なのですが、それでも私の呪いにはちゃんとしたお作法があって。家人への極度なダメージにつながらず、周囲の人たちに多大な迷惑がかからず、結末の回収に大きなお金がかからず、これが三原則。そして家人が「言い過ぎたな」「自分も悪かったな」と思ったり、私の怒りが鎮まったりの瞬間に、呪いがシュワリと解ける不文律を設けています。
お作法を厳守した呪いの創出は、なかなか難しいものです。しかも夫婦喧嘩は突発性だったりするものですから、都度のひらめきも大切で。そこに直感的な鋭さやスカしが効いているか、タイミングを逃してはいないか、フフフッと笑えるようなユーモアがあるか。呪いはいつも、私の「創造力」と「瞬発力」を試します。いわば呪いは、私のなかの大喜利なのかもしれません。かけた呪いをあとで思い返したときに、「つまんねぇなぁ」「キレがねぇなぁ」と自分にがっかりすることもしばしば。呪いのセンスってどうやって磨けばいいですか。誰か教えてください。
ちなみにですが、夫婦仲はとても良好です。
WRITTEN BY kAwAucHi
タバコは3歳でやめました。文章を書いたり、企画を考えたり、進行管理をしたり。職種がふらついています。