WEEKLY (THINK)

peelの週報。
スタッフの日常×クリエイティブシンキング

ILLUSTRATED BYヨコヤマ

2024.07.22 106 views

公文公

娘が「くもん行くもん!」と言い出し、くもんに行き出した。
 
僕自身はこれまで公文式に縁がなく、その、学校教育とは全く異なった計算メソッドと、それをこなす娘の、めきめきと計算スピードが向上していくさまに、今のところ感心しきりである。
 
入会時にいただいた資料の中に、くもんの先生が手作りされたであろう、公文式の歴史を紹介するチラシが入っていた。
 
公文式の創設者として「公文公」という呼び名が何度か出てきた。さらっと流し読んだだけなので
 
「ほうほう、公文(くもん)さんという、出自もさぞかし立派な方がいらっしゃって、子供たちの教育のために多大なる尽力をされたのだな」
 
「くもんの先生も、創設者の立派な功績に敬意を払い、公文公(くもんこう)と敬称付きで紹介することにしたのだな」
 
程度のぼんやりとした感想をいだきながら、それにつけても「公文公」の見事な「山本山」具合よ、ああ「くもんこう」「くもんこう」、と頭の中で転がしていた。
 
しかし、妙に引っかかる。
 
なんというか、「わざわざそんな、おもしろくなる感じ(公文公)に表記することある?」と言う感覚である。創設者とその団体の職員(くもんの先生)、と言う関係性から見ても、普通だったら「公文は〜」みたいに呼び捨てにするんじゃ無いだろうか、という違和感である(それはそれで団体名としての「くもん」とバッティングする感はあるが)。
 
調べてみたら驚いた。
 
なんと「公文公」は「くもんこう」ではなく「くもん とおる」さん、とお読みするのであった!
 
いやいや親よ、とおるさんの。常識的な感覚なら真っ先に避ける命名だろう「公」は。百歩譲って「文(ふみ)」ならわかる、公文文。いやわからんか。まあでも山本山にはならない。
 
もう少し読み進めてみると、公文公さんは高校の数学教師だったらしく、算数の成績が振るわなかった我が子のために作った教材が、公文式の原型となったそうだ。
 
そんな背景を知ると、循環する「公文公」の文字も、なんだか数学っぽいなあ、と思えてくるし(循環小数とか?知らんけど)、親から子へ、子から孫へ、みたいなリレーも「公文公」だよなあ、とわけのわからない感慨が湧いてくる。
 
家で解答したプリントを、教室に持って行っては採点してもらい、また新たなプリントを持って帰る。再びそれに解答しては、「くもん行くもん!」と口ずさみながら、娘は今日も教室に向かう。すべては循環している。
 
公文の原点|誕生ストーリー 公文公物語|公文教育研究会

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WRITTEN BY ヨコヤマ

コピーライターです。事象を俯瞰で見つめつつも、血の通った言葉を紡ぎたい。小学生の娘がクラス朝礼で「コピーライターになりたい」と言ったそう。誉れです。

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