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濃いに恋して!コイボール
宅配便の応対を済ませた妻が、赤ん坊サイズの箱を、赤ん坊を扱うような丁重さで抱きかかえてリビングに戻ってくる。それを見た子どもが「何が届いたの」「たいしたものじゃないよ」「だから何」「ウイスキー!」ここまでがテンプレ。
Amazon定期便という名の堕天使が、毎月送りつけてけつかるのは、4L入りのニッカブラック。業務用かと見まごうような(いやきっと業務用でもある)存在感に、当初は精神的にもパントリー的にも圧迫されたものだが、もはや慣れた。
開けたてのジャンボウイスキーを、うすはり(っぽい)トールグラスに注ぎ(中毒でなくて、重みで手が震える)、ご自慢のめっちゃシャレこいソーダメーカーで作った強炭酸水で満たす。
エセはりグラス換算で、いわゆるツーフィンガー程度が「コイボール」、ワンフィンガーが「ウスボール」、その中間が「フツボール」。本来の名である「ハイボール」は、ウチではほとんど使われない。シャチハタ、カーペットのコロコロ、トイレのスッポン。時として通称が正式名称を凌駕し定着するそれだ。
上の子なんざ要領を得たもので、琥珀の色あいを見定めては「お、今日はコイボールだね」てな調子でしれっと宣いやがる。下の子は下の子で、気まぐれにビールをぐびりと飲っている晩にも「それコイボール?」てな具合にからりと尋ねてくる。お気づきかと思うけど、だいたい毎日濃いやつ飲んでんだね。
木曜、AM8:30、玄関前。ゴミ出し担当の私はお隣の奥さんとばったり出くわし、挨拶を交わす。4Lの空容器を、カラス避けネットで執拗にくるみながら。馬鹿でかいラベルに描かれた髭ヅラの男が、網目のすき間から冷ややかな眼差しを向けてくる。ごめんよニッカキング。大好きだけど、今はまだ、他人には知られたくないんだ。そんな秘めたコイのお話。
WRITTEN BY ヨコヤマ
コピーライターです。事象を俯瞰で見つめつつも、血の通った言葉を紡ぎたい。小学生の娘がクラス朝礼で「コピーライターになりたい」と言ったそう。誉れです。