2023.08.28 298 views
思い出スイッチ
かつては“ママレモン”一択だったように思う。台所用洗剤のことである。薄黄色のボトルに、赤色だったか橙色だったかのキャップ。長らくその存在を忘れていたけれど、昭和の台所には、たいていママレモンがあったはずだ。
この話は、自分のコップを洗い終えた家人が「ママレモンなくなったで。買い置き、どこ?」と言ったことに始まる。残念ながら、この家にママレモンはない。というか、二人の生活が始まって以来云十年、ママレモンを買ったことなど一度もないはずだ。聞けば家人は、台所用洗剤を一括して“ママレモン”と呼んでいるらしい。なるほど。独特だけど、それもありか。
ママレモンは意外と近くのドラッグストアでも売っていた。ゴールデンゾーン(商品がもっとも目につきやすく手に取りやすい場所、ゴールデンラインともいう)ではなく、想像どおり棚の最下段に陳列されて。これでは気づかないはずだ。しゃがみ込んで接近すると、サイズが大きいことに驚く。オトクな、つめかえ用かと思うぐらいに。そして、すごく黄色い。こんなにあざやかな色だっただろうか。キャップも緑色に変わっているし。
そんなことを思いながらママレモンを眺めていると、頭の中で実家の台所シーンが再生され始めた。そこで洗い物をする、逝った母の後ろ姿。三角巾がわりにしていたスカーフの色柄も鮮明に。シンクには確かにママレモンがあった。「油で汚れた食器は別洗いしなさいよ」、「おつべ(食器の裏)も丁寧に洗わないと」。母の言葉までもが次々と聞こえてくる。ドラッグストアで、ポロリ、ポロリと涙。
買うつもりなどなかったのに、ママレモンを手にレジへと向かう。商品に紐づく自伝的記憶は、購買行動に大きな影響を与えるという。まさに、それだ。しかし、このママレモンの重さよ。もう少し軽くならないかな。
WRITTEN BY kAwAucHi
タバコは3歳でやめました。文章を書いたり、企画を考えたり、進行管理をしたり。職種がふらついています。